(せんがんかんきだいおしょう)宝歴5年(1755)1月24日示寂
1.寺に伝わる伝説
「ある日、寺が火災にみまわれた時、雄物川の渡しに何人もの黒衣の僧が来て対岸にわたり、各地にちらばっていった。
この黒衣の僧こそが潜巖地蔵尊であり、今でもその時の火災で黒くすすけた姿のまま人々を護っている....。」
伝説はさておき、はっきりとした理由は定かではないが、潜巖観機大和尚は深く地蔵尊を崇敬し、いつも袂にノミを持ち、自ら千体の地蔵菩薩を彫って当寺の南西に地に地蔵堂を建立し納めたとされる。
一説には、当時その地蔵堂から自分の家に、この潜巖地蔵尊を持ってくるのが流行になったとも言われている。
現在地蔵堂は何度かの火災により焼失してしまったが、この潜巖地蔵尊は当寺の一部檀信徒の家はもとより秋田県内遠くは北海道にも広まっている。
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この潜巖地蔵尊にちなんで 、3月から10月まで毎月24日(9月のみ28日。24日はお地蔵さんの日。そして潜巖観機大和尚の命日。)に地蔵講を開催しております。
現在講中は約70名ほどで、約10名ずつに分かれ毎月の当番をつとめています。
午前11時頃から近隣の僧侶約10名ほどで法要をして、その後当番が用意をした精進料理で昼食をみんなで頂いております。
今でもそうですが、昔から講中のおばあちゃんたちの楽しみ会のようなものとして続いているようです。
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潜巖地蔵尊の背中には必ず、「白宮山宝蔵十二代潜巖百拜」などと書かれている。
背中の字は多少の違いもありますが、必ず「潜巖百拜」の文字はあるはずです。
大きさは大小様々で、高さが50cmをこえるものから数cmのものまでいろいろあります。
*お願い*
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もしこのような地蔵尊を御存知の方は 当寺まで
お知らせ下さいますようお願い致します。
いつの日か、現存する潜巖地蔵尊の名簿(住所録)を制作しようと思っております。
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